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知の逆転

思想 コンピュータ
知の逆転 (NHK出版新書 395)
ジャレド・ダイアモンド ノーム・チョムスキー オリバー・サックス マービン・ミンスキー トム・レイトン ジェームズ・ワトソン
NHK出版
売り上げランキング: 43

タイトル「知の逆転」。どこが逆転なんだろうか?普遍的な真理を現代の知識人に語らせたインタビューだとしか思えない。これが逆転と思える人は、相当 腐っている。このような感想を引き出したということは、商業的には実によいタイトルだろう。実際、チャレンジングな内容を鑑みれば、よい本だと思う。

 

ダイアモンド、チョムスキーミンスキー、ワトソンにこれだけ語らせるのは 相当なことだろう。これですら、まだまだ知識人たちを十分に語らせたとは言えないだろうし、いろいろ注文をつけたくなるとは思うが、知識人たちのレベ ルを考えれば、よいインタビューだと思う。

 

後書きにあるが、知識人たちの意見は分かれる場合が多い。真理の追求は容易 ではないということ、意見よりも、むしろ違いを認めつつ究めるという姿勢を貫けるかどうかが重要だということを示唆しているのだと思われた。宗教に対する姿勢以外の共通 点として、次のことが挙げられるだろう。

 

- 教育について。言いかたは違っても、学ぶ側が主体だという点と、教える側の情熱やサポートは重要だが、内容は常に正しいとは限らないという点。また、親の影響が大きいという点(環境か遺伝かという原理を越 えて、事実として)。

- 誰も積極的に書籍を推薦していない点。チョムスキーは、推薦することで読者達が自身で見いだす幸運を奪うことを心配すらしている。他の知識人たち も、当り障りのない答えしかしていない(なお、小説はそうでもないが、ハ インラインやアシモフなどの古典的なSFが好きだという知識人が多数派なのは興味深い)。

 

好意的な解釈かもしれないが、敢えてこれらの共通点を 書籍に記載した点は英断と言える。教育論や推薦書を挙げることで しか、己の価値を主張できない凡人がいかに多いことか。こういう人は大抵、軸がないので信用できない。

 

ところで、インタビュアーおよび編集者の、宗教談義への拘り方は滑稽である。 一体、何を語らせたかったのだろうか?宗教についての問いに対して、知識人たちは明かに興味を失っている(特にダイアモンド)。このクラスの知識人であれば、自分の信教(その有無にかかわらず)と、その正しさを分別するぐらいは当然だし、宗教について格別の主張をするとは考えられないことは自明ではないか?問いを間違っており、ページを浪費しているとしか思えない。

 

トム・レイトンについてはよく知らなかったが、非常に柔軟で、発想が若々しい人物だと思った(商業的成功と学問的成功を無意味に区別しないという意味で)。もっとクローズアップされて然るべき人物ではないだろうか。個人的には、象牙の塔に籠りたいという嗜好は共感できる(いい意味で)

 

オリバー・サックスもよく知っているとはいえなかったが、人の親としての立場上、教育に関する見解には個人的に賛否ある。自分や子供の、1つずつの事例だけでは答えの出ない問題だけになんとも言えないところであるが、自分には、学問や仕事は一人でやるもんだという信念がある(この歳でそこは揺らがない)。だがそれは、サックスの言う、教育は変わるという考えに対してなんら反論しうるものではない。逆に、教育は変わらなければ失敗するかといえば、それは信念の違いだとしか思えなかった。どちらも同じくらい正しく、正しくない。ちょうど今日は子供の中学受験模試に付き合って、会場校の教頭のプレゼンに感銘を受けたと同時に、感銘を受けなかったのと似ている。

 

ジェームズ・ワトソンは、DNAらせん構造の発見に関するノーベル賞にふさ わしい受賞者や功績について、世間ではいろいろ言われたということは知っていた(つまり他人の成果を横取りしたインチキ野郎だという意見。もちろん、 厳正な審査を経てのことだから、功績や能力については疑いようがないし、福島伸一やストロガッツの著書などを読んでも、妥当な受賞だっただろうと思う)。 このような、バカにバカと言って何が悪いという、凡人を敵にまわず物の言い方が世間では傲慢と言われるのだが、人の目を気にしすぎた世の中はつまらな くて非効率である。本人にしてみれば、 まぎれもなくこれが正直な生き方なのだろう(意識してかどうか知らないが)。これは好悪を越えて共感を覚え る。